未熟さとは、他人の指導なしでは自分の知性を使うことができないということである。

(イマヌエル・カント)

今日の「ことば」について

この「ことば」は、18世紀のドイツの哲学者イマヌエル・カント(1724〜1804)の代表的著作『啓蒙とは何か』(1784年)に記された一節です。
原文では、「啓蒙とは人間が自ら招いた未成年状態(Unmündigkeit)から抜け出すことである。」と述べられており、ここでいう「未成年状態」とは、他人の助けがなければ自らの理性を用いることができない精神的依存の状態を意味します。

カントはこの文章の中で、「自分の理性を他人の導きなしに用いる勇気を持て(Sapere aude!)」と人々に呼びかけました。

つまり、成熟とは単に年齢や経験によるものではなく、主体的に考え、自らの判断で行動できる精神的な自立を意味するのです。

この「ことば」は、今日においても、教育、組織運営、自己成長のあり方を考えるうえで普遍的な指針となるものだと思います。

社会保険労務士としての解釈


社会保険労務士としてこの「ことば」を捉えると、「自らの知性を使う」という部分に、現代の職場における「自律型人材」の重要性を見て取ることができます。
カントが言う「未熟さ」とは、上司や他者の指示がなければ動けない状態、すなわち依存的な労働観に近いものです。
組織においては、上司の指示を待つばかりで自ら考え行動できない従業員や、方針を示されなければ意思決定できない管理職等がこの「未熟さ」に該当するでしょう。

経営者の立場から見れば、こうした「指示待ち文化」は、生産性や組織の成長を阻害するものであると認識します。


しかし、自律的に考え、行動する従業員を育てるためには、単に「考えろ」と指導するのではなく、心理的安全性の高い職場づくりが欠かせないとは思いませんか? 
失敗を恐れず意見を述べられる風土、役職を超えた対話の仕組み、キャリア形成を支援する人事制度等が、その土台となるのではないでしょうか。

一方、従業員の側から見れば、「自らの知性を使う」とは、自分の仕事の意味や社会的役割を理解し、自らのキャリアを主体的に築いていく姿勢を指すと考えられます。与えられた仕事をこなすだけではなく、「なぜこの業務を行うのか」「どのように改善できるか」等、自問することで、仕事に対する責任感と誇りが生まれてくるでしょう。
また、社会保険や労働法制に関する基本的な知識を持ち、自分の権利や健康を守る意識を持つことも「知性を使う」行為の一つといえます。

社会保険労務士としては、こうした自立と相互尊重の関係を制度面から支える役割を担うことになります。
例えば、評価制度や目標管理制度を整備して「考える社員」を育てる、教育訓練計画を設けて主体的学習を促す、ハラスメント防止体制を整えて自由に意見を言える環境を保障する、これらはいずれも「未熟さ」から脱するための実践的な仕組みです。

今日の「ことば」から学ぶ現場のヒント

この「ことば」を日々の職場で活かすには、「自ら考える力を育てる場づくり」が鍵になります。

経営者にとっては、社員が安心して発言・提案できる雰囲気を意識的に醸成することが第一歩です。上司が「なぜそう思うのか?」と問い返し、考えを引き出す対話を重ねることが、他人の指導に依存しない知性を育みます。
また、定期的な1on1ミーティングやキャリア面談を通じ、社員自身の目標設定をサポートすることも効果的です。

従業員側も、「上司が決めるから」「制度がそうなっているから」と受け身で考えるのではなく、業務改善の提案や自分の成長に必要な学びを、自ら選ぶ意識を持つことが重要です。

そして組織全体としては、評価の基準を「結果」だけではなく「自律的行動」にも置くことで、考える文化を定着させることができると思います。
このような環境が整えば、他者依存の「未熟さ」から脱し、知性を活かした組織運営へと自然に進化していくでしょう。

結語

カントの言う「未熟さ」とは、年齢や経験ではなく、「自分の理性を使う勇気があるかどうか」によって決まるものです。

職場においても、指示待ちではなく自ら考え行動する姿勢が、真の成熟をもたらします。

社会保険労務士として、私は、そのような「自律と支援のバランス」を、制度設計と人づくりの両面から支えることが使命だと考えています。
一人ひとりが自らの知性を活かせる職場こそ、持続可能な組織の姿だと思っているから。

お問い合わせ

ご依頼及び業務内容へのご質問などお気軽にお問い合わせください